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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)232号 判決

控訴人 塩島久子

〈ほか二名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 畠山国重

同 星野卓雄

同 山田裕四

同訴訟復代理人弁護士 中陳秀夫

被控訴人 神奈川都市交通株式会社

右代表者代表取締役 伊藤嘉道

右訴訟代理人弁護士 大類武雄

同 小笹勝弘

同 村瀬統一

同訴訟復代理人弁護士 永井嵓朗

同 鈴木元子

同 内山辰雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人塩島久子に対し金五、三四七、〇九七円、控訴人塩島美智雄、同塩島等に対し各金四、三四七、〇九七円、及び、右各金員に対する昭和三八年一一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に附加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(但し、原判決四枚目表一行目に「金九、九〇七、二四〇円」とあるのを「金一〇、〇四一、二九一円」と訂正する)。

≪証拠関係省略≫

理由

一  事故の発生及び運行供用者について

孝夫が昭和三八年一一月二八日午後一〇時二五分ころバイクを運転して神奈川県川崎市東門前町三丁目九二番地先県道上を川崎大師駅方面から出来野方面に向け進行し、同道路上において山崎が運転し対向して来た乗用車と接触して路上に転倒し死亡したこと(以下本件事故という。)、山崎がタクシー営業を営む被控訴人の従業員で、本件事故当時被控訴人の業務として、業務用に使用中の乗用車に客を乗せて運転進行中であったことは当事者間に争いがない。

二  無過失等による免責について

乗用車の運転者山崎はその運行につき何ら注意を怠らず過失がなく、本件事故はもっぱらバイクの運転者孝夫の過失に基づくものであり、乗用車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかったので、被控訴人は本件事故による損害賠償責任がない旨の被控訴人主張について判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故当日は晴で路面が乾燥し、本件事故現場は当時交通量閑散な見通しのよい直線道路であるが夜間は稍暗い市街地で、車道幅員一二メートル(本件事故後に約二八センチメートル拡幅されセンターラインの関係位置も変更され、その数も二本となり現状となった。)中央に約一五センチメートルのセンターライン(以下単にセンターラインというときは、この拡幅前のものを指す。)が白色塗料で記されていた。山崎は正常な身体の状態で乗用車の運転業務に従事していたが、孝夫は多量に飲酒し血液中のアルコール濃度は、一ミリリットル中二・三六ミリグラムに達し酩酊状態でバイク(スタンダードAP2、自重六三・三キログラム)を運転しており、本件事故直前の相当区間内で乗用車と対向した車輛は存在しなかった。

(2)  山崎は前記道路のセンターライン左側で自己の走行区分中を、センターライン寄りに川崎大師駅方面に向け時速約四〇キロメートルで走行中、約三一・五メートル前方に、対向車走行区分中のセンターライン寄りを時速約三〇キロメートルで対向して来た孝夫運転のバイクが徐々に乗用車方向に寄りその間隔が狭められる状態で対向してくるのを発見し、若干ハンドルを左に切り、バイクがセンターラインを越えずに対向すれば十分に対向できる間隔となったところ、バイクがセンターラインを越えて乗用車の走行区分前方に入り込み、約一二ないし一五メートル前方附近(空走距離数メートルとスリップ痕との和)でバイクの照明が山崎に直正面から当り、山崎は、バイクが乗用車に飛込むような危険を感じ、急拠左に大きく一回ハンドルを切ると同時に急ブレーキを踏んだ(そのスリップ痕は停止位置まで八・四メートル)が及ばず、センターラインから乗用車走行区分中に若干(約〇・九メートル)入った地点で、バイクが乗用車に正面から突込むような形(但し、バイクの前輪は稍左向き)で、バイクの前輪附近等を乗用車の右前照灯(外側)附近等に激突させて接触し、孝夫はその後乗用車フロントガラス右支柱附近に頭部を接触してフロントガラスを割り右側方に飛ばされて転倒し、右接触により頭、首の骨折をして即死し、乗用車は右接触地点から数メートル走行して停止した。

以上のとおり認定することができる。

2  ところで、乙第八号証の二(図面)は、道路幅員が拡幅されセンターラインの関係位置が変更された後の現状道路の図面上に乙第八号証の一の数値を記入した図面であり、右センターラインの関係位置を修正して読めば右認定(2)を妨げるものではない。

右認定(2)に反する当審証人佐々木軍治の鑑定証言、甲第五号証の一、二(同人作成の本件事故に関する鑑定書)は、乗用車はセンターラインを越え対向車走行区分内を時速五五キロメートルで走行中に、自己の走行区分内を時速五五キロメートルで走行して来たバイクと接触した旨述べ、その根拠として、(1)乗用車、バイクの損傷部位、程度からみて両車とも時速五五キロメートル以上でなければそのような損傷を生じないとみられること、(2)バイク部品、乗用車フロントガラス破片、孝夫、バイクの各存在位置から推測して、孝夫(身体の向きを含む)、バイクの各転倒位置を結ぶ線を東方に約八ないし一〇メートル延長した地点で接触したこと、(3)本件事故直後に停車していた乗用車の右側辺を西北方に延長した線上一五ないし一七メートルの地点で接触したこと、(4)乙第九号証の八(本件事故直後の現場写真)には、乗用車のスリップ痕がセンターラインを越えた右側の対向車走行区分内から停車位置まで残存していることが認められることなどを、その主要なものとして挙げている。しかし、(1)乗用車、バイクの各損傷の部位、程度などから時速を推測するには、そのような損傷が推測時速の場合に生ずることにつき実験結果や物理的力学的な合理的説明を要するところ、そのような説明が何らなされておらず、また、本件事故直後の捜査記録(本件で唯一のもの)である交通事故原票の乗用車四〇キロメートル、バイク三〇キロメートルの記載を覆すことのできる反証(たとえば、当時の速度を計った記録など。)が他に存在しないから、両車とも時速五五キロメートルであったと認定することはできない。(2)接触地点についても、同人は両車とも時速五五キロメートルであることを前提にして推測するが、その前提が誤りであること前記のとおりである。そればかりでなく、通常、自重の重い乗用車と軽いバイクが相当の速度で認定のように接触した場合、バイクが乗用車によってその進行方向に約一〇メートルも引ずられるとは限らず、同人もそれは稀有の事例であるというのであるから、そのような稀有の場合を基礎にして推測することは合理的ではなく、接触後右側方に飛ばされる可能性の方が大であるともいえる。したがって、同人の推測が直ちに本件事故の場合に適用されるものとは断定し難い。(3)乗用車が停車した位置方向は、山崎が危険と感じて左に大きくハンドルを切った結果、稍左に向いて停車したものというべきであるから、停車した乗用車の右側辺を後方に延長した線上には接触地点はありえない。したがって、その線上に接触地点があるとの同人の推論は失当である。(4)乙第九号証の八の写真からは、同人のいうようなスリップ痕は一見して明らかに認められないばかりでなく、同じ本件事故直後の他方向から写した現場写真である乙第九号証の二、三、四、六によれば、右乙第九号証の八に比べるとかなり明らかに乗用車のスリップ痕とみられるものが、同人のいう前記場所ではなく、乗用車の走行区分内でセンターラインから相当離れこれに沿って存在していることが認められる。したがって、これらの点からみると、前記証人佐々木軍治の鑑定証言等は採用することができない。

次に、≪証拠省略≫によると、孝夫はUターンのためセンターライン附近で停止していて接触したと推測する旨述べるが、これを裏づける証拠はなく、孝夫がUターンしようとしたとの点についてさえ、これを認められる証拠はない。

3  そこで、前記認定事実によって山崎の過失の点について検討する。

(1)  山崎の乗用車の運転時速は四〇キロメートルであって、本件事故現場における法定制限速度五〇キロメートル(この点は弁論の全趣旨から認められる。)以内であり、その義務違反は存在しない。スリップ痕の長さ八・四メートルは時速四〇キロメートルで急停車したときに生ずることのある長さというべきであって、その長さから時速六〇キロメートルであったと推認することは、本件では相当ではない。

(2)  山崎は乗用車を自己の走行区分上で運転進行させており、センターラインを越え対向車の走行区分上を進行させたものではないから、この点での過失も存在しない。

(3)  前方注視義務違反があるかについてみるのに、山崎は三一・五メートル前方でバイクを発見し、徐々に乗用車との対向間隔を狭めつつあるバイクに対して間隔をとるため若干左にハンドルを切りバイクがセンターラインを越えずに対向すれば十分に対向できる間隔をとって進行していたのであるから、山崎には何ら前方注視義務違反はない。また、三一・五メートル手前でバイクを発見したときには、バイクはまだ対向車走行区分上を進行しセンターラインを越えて進行したものではないから、その時点で直ちに急停止をすべき義務もないから、そこで急停止しなかったことをもって前方注視義務違反を推論することもできない。

(4)  山崎が一二ないし一五メートル前方附近で危険を感じた以後においては、ブレーキの制動距離、ハンドル作動状況などからみてどのような措置をとったとしても、接触は避けることができないか極めて困難というほかないから、その時点以後には山崎に過失はない。そこで、その前の三一・五メートル前方で発見してから右一二ないし一五メートル前方附近までの状態についてみるのに、もし、何らか特段の事情があってバイクがセンターラインを越え自己の走行区分中に運転進行するかもしれないとの予測が可能であれば、山崎はそれに対処して事故の発生を未然に防止する何らかの措置を講ずべき義務がありそれを怠れば過失となる。しかし、本件のような市街地の直線道路でセンターラインによる通行区分がある場所で対向する場合、対向車はセンターラインを越えないで対向することが通常であり、本件でも、何ら特段の事情もないから、山崎がバイクがセンターラインを越えて対向することがあることを予測しこれに対処して事故の発生を未然に防止すべき善処義務は発生しない。山崎としては、前記認定のように、若干ハンドルを左に切って対向車との間隔を十分にとる程度でその義務を果しており、それ以上の過失は何ら存在しないというを妨げない。したがって、山崎には本件事故の原因となる過失が存在しなかったものということができる。

4  ところで、本件事故は、前記認定事実によると、孝夫がセンターラインを越えて対向してはならない注意義務があるのにこれを怠り、センターラインを越えてバイクを運転対向した過失に基づくものであり、センターラインを越えた原因は、孝夫が酩酊状態にあり著しく注意力が減退した状態でバイクを運転したことに基づくものというを妨げない。

5  ≪証拠省略≫を総合すると、本件事故当時乗用車には構造上の欠陥機能の障害がなかったことが認められる。

6  したがって、乗用車の保有者である被控訴人は、自動車損害賠償保障法三条但書により、本件事故に基づく損害賠償の責任を負わないものということができる。

三  結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求はその他の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れないところ、これと同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田嶋重徳 裁判官 加藤宏 高木積夫)

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